中学受験のサポートで難しいのは、勉強を教えることや、時間を確保することだけではありませんでした。
わが家で今、悩んでいるのは、小学6年生になった子どもとの距離感です。
勉強以外のことで衝突し、そのまま気持ちを切り替えられず、肝心の勉強に集中できなくなる。ぶつからないように距離を取ると、今度は勉強の進み具合まで見えにくくなる。
近くで支えたい。でも、近すぎるとけんかになる。
そんな日々の中で、振り返ることがあります。
5年生の1学期に、計算力と漢字力をもう少し身につけ、そこから積み重ねておけば、今の子どもにもう少し余裕を残せたのではないか。
これは、わが家が今まさに試行錯誤している話です。反抗期への正解を見つけたわけではありません。それでも、受験学年になって感じた難しさと、以前できたかもしれない準備、そして今の関わり方を書いておきたいと思います。
5年生のころと同じ関わり方では、勉強が進まなくなった
5年生のころは、勉強量を増やしても、本人が食らいついてくれることが多くありました。
もちろん、いつも順調だったわけではありません。それでも、親が働きかければ、何とか取り組める場面がありました。
ところが6年生になると、親から見て「まず反発したいのかな」と感じる場面が増えました。うまくいかないと、怒って勉強を投げ出してしまうこともあります。
本人の中にどんな気持ちがあるのか、私にもすべては分かりません。疲れや問題が解けない悔しさなどもあるのだと思います。ただ、親として感じるのは、以前と同じ言葉や進め方では、うまくいかなくなったということです。
6年生は、ただでさえ受験に向けてやることが多い時期です。わが家では、その忙しさに、親子の関わり方の難しさが重なりました。
距離を取ると、勉強のサポートまで遠ざかってしまう
衝突するきっかけは、勉強の話とは限りません。
日常のやり取りの中で、こちらが挑発されたように感じる言葉や態度があります。そこで言い返すとけんかになり、勉強を始めるころには、お互いに気持ちが乱れてしまいます。
受験勉強を進めたいから、こらえる。でも、親として伝えたいことまで、すべて流せるわけでもありません。
それなら少し離れようと思うのですが、距離を取ると、勉強への関与も薄くなってしまう。この加減が難しいと感じています。
少なくとも今のわが子は、勉強の進め方や復習を、すべて一人で管理できる状態ではありません。親が確認したほうがよい部分も残っています。
衝突を避けるためには距離が必要なのに、受験を支えるためには関わりも必要。その間で、今も迷っています。
仕事との時間調整や家庭での役割分担については、別の記事でも振り返っています。
「前にもやった問題」が、親子の負担になっている
今、特に基礎の積み重ねが足りなかったと感じるのは、計算、漢字や語句、地理・歴史などの知識、そして5年生のテストでできなかった問題です。
テスト直しをしなかったわけではありません。間違えた問題は、一度は復習していました。それでも、今になって同じような問題でつまずくことがあります。
問題が解けないと、子どもが怒って投げ出す。それを見て、親の私もイライラしてしまう。
「5年生のときに、わかったふうで終わらせたからでしょ?」
そんな言葉を口にして、けんかになることがあります。
ただ、本当に本人が分かったふりをしていたのかは、分かりません。答えを読んだときには、理解したつもりだったのかもしれません。
当時の私は、答えを見て納得している様子を、そのまま「もう大丈夫」と受け取っていました。時間に余裕がなく、次にやることもありました。
答えを見て理解できたことと、後日、自分の手で解けること。その間を、もう少し確かめておけばよかった。
今になって感じているのは、その点です。
繰り返し間違えることは、復習時間が増えるだけでは済みません。本人が投げ出し、親も感情的になると、勉強に戻るまでにも時間がかかります。基礎のつまずきが、親子の気持ちの負担にもつながっていると感じます。
5年生の1学期に、計算力と漢字力をもう少し固めておきたかった
もし5年生のころに戻れるなら、1学期に計算力と漢字力をもう少し身につけることを大切にしたいです。そして、一度できたところで終わらず、その後も積み重ねていきたかったと思います。
5年生のうちに全部を完璧にしておくべきだった、という意味ではありません。まして、当時の子どもが頑張っていなかったとも思っていません。
振り返って変えたいのは、限られた勉強時間の使い方です。
当時は理科や社会にも時間を使っていました。わが家の場合は、そちらの勉強時間を少し減らしてでも、算数のテストで間違えた問題を繰り返す時間を確保すればよかったと感じています。
これは、誰にでも理科や社会を減らすことを勧めたいわけではありません。今も残っているつまずきを見て、当時のわが子には、算数の復習にもう少し時間を配分したかったという振り返りです。
学習範囲が広がるほど、基礎に戻る時間が取りにくくなる
「5年生の1学期」と感じるのは、その後、基礎を繰り返すための時間が取りにくくなっていったからです。
学習範囲はどんどん広がります。新しく学ぶ内容が増えれば、その理解や宿題にも時間が必要です。以前習った計算や漢字が大切だと分かっていても、目の前の課題を進めることで手いっぱいになっていきました。
学校生活にも、行事などで時間を使う場面が増えてきます。受験のためだけに、一日の予定を組めるわけではありません。
学ぶことが増えても、使える時間が同じように増えるわけではない。その中で基礎の復習を入れようとすると、何かに使っていた時間を見直す必要が出てきます。
だからこそ、計算や漢字を繰り返す時間を、早い段階から確保しておきたかったと感じています。1学期で完成させるというよりも、そこを出発点にして、少しずつ定着を確かめながら積み重ねていくイメージです。
計算力は、解く時間だけでなく、気持ちの負担にも関わっていた
計算力がもう少し身についていれば、一つ一つの問題を解く時間を短くできたのではないかと思います。
一問では小さな差でも、何問も解けば、その差は積み重なります。計算ミスが減れば、間違えた箇所を探し、もう一度解き直す時間も減らせたかもしれません。
今のわが家では、その解き直しが、単なる作業として終わらないことがあります。計算でつまずいたことをきっかけに本人が怒り、勉強を投げ出してしまうからです。
親は続きを進めてほしい。子どもは、もう取り組みたくない。そこで声をかけると、さらにぶつかってしまうこともあります。
こうなると、必要なのは計算をやり直す時間だけではありません。お互いに落ち着き、もう一度勉強に向かうまでの時間も必要です。
計算力を身につけておきたかったのは、問題を速く解くためと同時に、計算ミスで勉強への意欲が切れてしまう場面を、少しでも減らしたかったからです。
もちろん、基礎ができていれば親子で衝突しなかった、とまでは思いません。それでも、復習にかかる時間を減らせれば、休憩したり、気持ちを立て直したりする余裕を、今より残せたのではないかと感じています。
漢字や語句、相手に伝える力も積み重ねておきたかった
文章を読むときに、立ち止まる場面を減らしたかった
漢字や語句についても、もう少し早くから繰り返しておきたかったと思います。
知っている漢字や言葉が増えていれば、文章を読む際に、読み方や意味を確かめるために止まる場面を減らせたかもしれません。国語の文章だけでなく、ほかの教科でも問題文や説明を読む場面があります。
読むことにかかる負担が少し軽くなれば、その先の「何を問われているのか」「どう考えるのか」に、時間や気持ちを向けやすかったのではないかと思います。
地理・歴史などの知識も含め、覚えたつもりで終わらず、繰り返し確かめておく。その積み重ねの大切さを、6年生になって改めて感じています。
「あれ、取って」という会話から感じた、言葉にする難しさ
漢字や語句とは別に、普段の会話で気になっていることもあります。それは、自分の考えや頼みたいことを、相手に伝わるように言葉にする難しさです。
例えば、子どもから「あれ、取って」と言われることがあります。
本人には何を指しているのか分かっていても、こちらには分かりません。そこで聞き返すと、説明するのを面倒に感じるのか、「もういい」となってしまうことがあります。
親としては、何を取ってほしいのか確認したいだけです。それでも、そこでやり取りが途切れ、お互いにいら立つきっかけになってしまいます。
こうした場面を見ると、自分の頭の中にあることを、相手にも分かるように説明する練習を、日常の中でも重ねられたのではないかと感じます。
誰が、何を、どうしてほしいのか。自分が知っていることを、相手も知っているとは限らない。その違いを埋めるように言葉を補うことは、記述問題で考えを伝える力にも通じるのではないかと思っています。
漢字を覚えれば会話の行き違いが解決する、という話ではありません。ただ、受験勉強と普段の会話の両方で、言葉を理解し、自分の考えを伝える力の大切さを感じるようになりました。
今振り返るなら、漢字や語句の学習に加えて、「相手に伝わるように説明する」ことにも、もう少し目を向けたかったです。
今は、日や場所を変えながら、自分で解けるかを確かめる
過去には戻れないので、今は復習の進め方を変えています。
できなかった問題は、答えを見て終わらず、自分の手を動かして解けるかを確かめるようにしています。
ただし、その日のうちに必ず解き切る形にはしていません。その日にできなければ、翌日などにもう一度取り組みます。家では取り組むのが難しいときには、塾の自習でやるようにし、その後でノートを確認しています。
親がずっと隣にいることにこだわらず、場所やタイミングを変えながら、学習には関わるようにしています。
これで、ストレスがなくなったわけではありません。自分で解けるところまで取り組むことには負担があり、今も簡単には進みません。それでも、以前のように、理解した様子だけで終わらせないようにしています。
受験を支えながら、離れる時間もつくる
勉強の進め方と同時に、衝突したときの関わり方も試行錯誤しています。
気持ちが高ぶったときには、本人に5分ほど落ち着いて考える時間を取ってもらいます。問題のある行動については振り返ってもらい、何のために受験をしているのかも考えてもらうようにしています。
その場で言い合いを続けると、親である私も感情的になってしまうからです。
また、受験以外では、距離を取れるところは取ろうとしています。勉強のサポートが必要だからといって、生活のあらゆる場面で近くにい続ける必要はないのだと思います。
どこまで任せ、どこで声をかけるのか。その加減は、まだ探している途中です。
これからの子どもに、少しでも余裕を残したい
5年生のころの自分に伝えられるなら、「1学期に計算力と漢字力をもう少し固めて、そこから繰り返し積み重ねてほしい」と言いたいです。
一度テスト直しをした問題も、本人が「わかった」と言った問題も、時間を置いてもう一度、自分で解けるか確かめる。その時間を、もう少し大切にしたかったと思います。
ただ、当時は当時で、時間に余裕がありませんでした。今分かったことを理由に、過去の子どもを責めても、今日の問題が解けるようになるわけではありません。そう思いながらも、つい言ってしまう自分もいます。
だから今は、できなかった問題に日を改めて取り組み、家では難しければ塾の自習を使い、ノートで確認する。衝突したら、少し離れる。そんな関わり方を続けています。
中学受験と反抗期が重なったわが家に、まだ明快な答えはありません。
それでも、今日の復習が、少し先の子どもの負担を減らすことにつながってほしい。そう考えながら、受験を支える距離感を探しています。
