「子どもの送り迎えがあるので行けません」を、なぜ言いにくいのか?

子どもの送り迎えをすると約束していた日に、部全員が参加する飲み会の予定が入りました。

行こうと思えば行けます。

家族に「今日だけお願い」と言えば、おそらく対応してくれたと思います。

それに、私は会社の飲み会を無駄だとも思っていません。

普段なかなか話さない人と話せたり、上司との距離が縮まったり、その後の仕事が進めやすくなったりすることもあります。

部長と関係が良くなれば、将来的な評価や昇給にまったく影響がないとも言い切れません。

逆に、部全員が参加する場で自分だけ欠席すれば、

「付き合いが悪い」

「チームに協力的ではない」

と思われるかもしれない。

そんなことも頭をよぎりました。

それでも、その日は飲み会には行きませんでした。

会社には、

「家の都合で不参加です」

とだけ伝えました。

「子どもの送り迎えがあるので」とは言いませんでした。

今振り返ると、この言い方に、自分の中にあった小さな罪悪感が表れていたように思います。

目次

「そんな理由で?」と思われるのが怖かった

なぜ「子どもの送り迎え」と言わなかったのか。

単純に家庭の事情を細かく話したくなかった、という理由もあります。

でも一番大きかったのは、

「そんな理由で全員参加の飲み会を断るの?」

と思われることへの怖さでした。

仕事の会議や顧客対応なら、断る理由として分かりやすい。

体調不良でも仕方がないと思ってもらえる。

でも「子どもの送り迎え」はどうでしょうか。

会社の予定と並べた瞬間に、なぜか少し弱い理由に見えてしまう。

私自身も、無意識にそう考えていたのだと思います。

でも考えてみれば不思議です。

私はすでに子どもと約束をしています。

私が行かなければ、その役割は家族の誰かが代わりに担うことになります。

会社の飲み会に参加するために、家庭側の負担が増える。

職場からは見えにくいですが、家庭の予定だって誰かが時間を使って成り立っています。

それなのに会社から予定が入った瞬間、

「家のほうを調整できないか」

と考えてしまう。

その感覚自体が、自分の中に染み付いた「会社員なら仕事を優先するもの」という考え方なのかもしれません。

自分も出世したい。でも、同じやり方では出世したくない

私は、仕事を頑張りたくないわけではありません。

できる仕事を増やしたいですし、成果も出したい。

機会があるなら上の役職にも行きたいし、給料だって上がってほしい。

だからこそ、飲み会や社内の付き合いに意味があることも理解しています。

私の職場で上の役職にいる人たちは、子育てが現役だった時期が10年以上前という人も多くいます。

当時は今以上に、仕事を優先することが当たり前だった時代だったのではないかと思います。

仕事に長い時間を使い、会社の付き合いにも参加し、その積み重ねで今の役職まで上がってきた人もいるでしょう。

その働き方を否定するつもりはありません。

それが当時の正解だった人もいると思います。

ただ、私は同じやり方で出世したいとは思わなくなりました。

仕事はいつか定年を迎えます。

でも、家族との関係はその先も続きます。

会社で評価されるために、家族との約束を何度も後回しにする。

そうやって役職や給料を手に入れたとして、自分は本当に納得できるのか。

そこには少し疑問があります。

そもそも、会社の評価は自分だけでは決められない

もう一つ、年齢を重ねるにつれて感じるようになったことがあります。

出世や昇給は、自分の努力だけで決まるわけではないということです。

もちろん仕事を頑張ることは大切です。

成果を出すことも、周囲との信頼関係を作ることも必要です。

でも、評価にはタイミングやポスト、上司との相性、会社の状況など、自分ではコントロールできない要素もあります。

どれだけ頑張っても評価されないことがあるかもしれない。

逆に、自分より頑張っていないように見える人が評価されることもあるかもしれない。

だったら、自分でコントロールできることに力を使いたい。

勤務時間の中では、やれることを全力でやる。

必要な仕事は逃げずにやる。

顧客や会社に迷惑がかかるようなトラブルが起きれば対応する。

今はリモートでも対応できる仕事が増えました。

子どもの送り迎えをしたあと、自宅から対応できるケースだってあります。

以前ほど「仕事か家族か」を単純な二択にする必要もなくなっています。

だから私は、飲み会のような勤務時間外の予定まで、無条件で会社を最優先にしなくてもいいと思うようになりました。

実際に断ってみたら、何も起きなかった

そして、この飲み会を断ったあと。

私が心配していたようなことは、特に何も起きませんでした。

評価が下がったわけでもありません。

職場で関係が悪くなったわけでもありません。

むしろ、幹事をしていた若手の社員から、

「次回は事前に予定を確認して合わせます」

と言ってもらいました。

少し意外でした。

私はどこかで、

「子どもがいない若い人には、この感覚は分かりにくいだろう」

と思っていたからです。

でも実際には、私が思っていたよりも周囲はずっと柔軟でした。

理解してもらえないかもしれない。

非協力的だと思われるかもしれない。

そんな心配の一部は、会社から実際に求められていたものではなく、自分自身が勝手に作っていたものだったのかもしれません。

「全員参加」という言葉に引っ張られすぎない

会社では、「全員参加」と言われると重要な予定に見えます。

もちろん、本当に全員が必要な仕事もあります。

ただ、それが飲み会だった場合、自分が参加しなければ業務が止まるでしょうか。

顧客に迷惑がかかるでしょうか。

会社に大きな損失が出るでしょうか。

多くの場合、そうではありません。

一方で、子どもの送り迎えは、自分が行かなければ誰かが代わりに行く必要があります。

そう考えると、

「会社の予定だから重要」

「家庭の予定だから調整できる」

と単純に分けるのは違う気がします。

大切なのは、その予定が仕事か家庭かではなく、

今、本当に自分がやらなければならないことなのか

を考えることなのかもしれません。

仕事も家族も、ずっと100点は取れない

ただ、私は「何があっても家族を最優先にするべきだ」と言いたいわけではありません。

仕事でどうしても対応しなければならないことはあります。

家庭を優先できない日もあります。

そして、仕事と家族だけで毎日を埋めてしまえば、それはそれで苦しくなります。

自分一人でぼーっとする時間。

趣味を楽しむ時間。

友人と飲みに行く時間。

そんな息抜きだって必要です。

仕事100点。

家族100点。

自分の時間も100点。

全部をずっと続けるのは、おそらく無理です。

だから私は、全部を完璧にしようとするよりも、

「今日はどこに力を使うか」

を考えるようにしています。

仕事に全力を出す日もある。

家族との予定を優先する日もある。

疲れているなら、自分を休ませる日だって必要です。

今でも少し罪悪感はある。それでもいいと思う

今後また、子どもの予定と会社の飲み会が重なることがあると思います。

そのときも、おそらく私は少し迷います。

「行ったほうが仕事にはプラスかもしれない」

「断ったらどう思われるだろう」

そんなことは考えるでしょう。

罪悪感が完全になくなったわけではありません。

でも、それでいいのだと思います。

仕事を大切にしているから迷う。

家族も大切にしているから迷う。

どちらもどうでもよければ、そもそも悩みません。

だから私はこれからも、勤務時間の中ではできる限り仕事を頑張ります。

必要なときには、時間外でも対応します。

でも、会社員として評価されるためだけに、家族との約束を簡単に後回しにはしたくありません。

部長との飲み会を断ったことを、10年後に後悔することもあるかもしれない。

それでも私にとっては、

子どもとの約束を何度も破ったことを後悔するほうが、ずっと怖い。

今は、そう考えています。

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