「自分の時間が欲しい」
30代になってから、そう思うことが増えました。
でも、私の場合、何か特別に無駄なことをしていて時間がなくなっていたわけではありません。
朝起きたら、子どものごはんを作る。
その後は仕事。
仕事を終えて家に帰ったら、家のことをする。
食器を洗い終わって時計を見ると、もう22時。
そこからようやく「自分の時間」です。
読書をしたい。
勉強もしたい。
ジムにも行きたい。
ランニングもしたい。
やりたいことはいろいろありました。
でも、22時からそのすべてをやるのは現実的ではありません。
以前の私は、「もっと自分の時間があればいいのに」と考えていました。
でも、1日が24時間なのは変えられません。
そこで少しずつ考え方を変えました。
自分の時間ができるのを待つのではなく、自分の時間を1日の中に置いていく。
今はそんな考え方で、読書や勉強をする時間を作っています。
この記事では、仕事・子育て・家事で気づけば22時になっていた私が、自分の時間を作るために実際に変えたことを書いてみます。
仕事も子育ても家事も、どれもやめるわけにはいかなかった
自分の時間がないと感じたとき、
「何か無駄なことをしているのではないか」
と考えたこともあります。
でも、改めて1日を振り返ってみると、そう単純ではありませんでした。
朝は子どものごはんを作る。
日中は会社員として仕事をする。
家に帰れば、家のことがある。
食器も洗う。
一つひとつを見れば、どれも必要な時間です。
仕事をやめるわけにはいきません。
子どもとの時間も大切にしたい。
家事をすべてやらないというわけにもいきません。
だから、「何か一つを全部やめれば自分の時間ができる」という話ではありませんでした。
必要だったのは、今の生活の中で、時間の使い方を少しずつ変えることでした。
「行かなくてもいい飲み会」には行かないようにした
まず見直したのが、飲み会です。
私は飲み会そのものをすべてやめたわけではありません。
仕事上必要だと思うものもありますし、自分が行きたい飲み会もあります。
一方で、
「これは本当に行く必要があるのかな」
と思う飲み会もありました。
以前は誘われたら何となく参加することもありましたが、自分の時間を意識するようになってからは、行かなくてもいいと思った飲み会には行かないようにしました。
飲み会に参加すれば、その2時間、3時間だけがなくなるわけではありません。
移動する時間もあります。
帰宅する時間も遅くなります。
翌日に疲れが残ることもあります。
自分の時間を作ろうと思ったとき、大きな工夫を始める前に、
「今使っている時間の中で、本当に自分が使いたい時間なのか」
を考えるようになりました。
仕事を終える時間を早めた
もう一つ変えたのが、仕事を終える時間です。
仕事は、やろうと思えばいくらでもやることがあります。
特に会社員としてある程度経験を積んでくると、自分の仕事だけを終わらせればいいわけではありません。
私も管理職として仕事をしているので、部下とのコミュニケーションや確認することもあります。
だからこそ、
「全部終わったら帰ろう」
と考えていると、帰る時間はどんどん遅くなります。
そこで、できるだけ仕事を早く終わらせて、夕方のうちに家へ帰ることを意識するようになりました。
私の場合は、遅い時間に帰るよりも、電車の遅れなどに巻き込まれにくい時間に移動できるというメリットもありました。
自分の時間を作るためには、22時になってから何をするかだけではなく、22時になるまでの時間をどう使うかを変える必要があると感じています。
電車の中を「読書する時間」に変えた
それでも、毎日まとまった自由時間ができるわけではありません。
そこで、今までとは違う場所にも自分の時間を作るようになりました。
その一つが、通勤電車です。
私は現在、電車に乗っている時間を読書の時間にしています。
以前は「自分の時間」というと、家に帰ってすべてが終わった後の時間をイメージしていました。
でも、そうするとスタートは22時です。
一方、通勤時間は仕事へ行くために必要な時間です。
その時間に本を読むようにすれば、帰宅してから改めて読書時間を確保しなくても、本を読むことができます。
もちろん、毎回集中して読めるとは限りません。
それでも、「時間ができたら本を読もう」と考えていた頃よりは、読書する時間を作りやすくなりました。
新しい時間を作るだけでなく、すでにある時間の使い方を変える。
これも、自分の時間を作る一つの方法だと感じています。
勉強したい日は、朝早く家を出る
勉強時間についても、やり方を変えました。
以前は、
「家で時間を作って勉強すればいい」
と思っていました。
でも、子どもがいる家庭では、なかなか思い通りにはいきません。
私が机に向かって勉強していても、子どもからすればいつもの父親です。
家にいれば普通に話しかけてきます。
もちろん、子どもが話しかけてくることが悪いわけではありません。
むしろ、子どもとの時間は大切にしたいと思っています。
ただ、勉強という意味では、そのたびに集中が途切れてしまいます。
「ちょっと勉強したいから話しかけないで」
と子どもに求め続けるのも、私が望んでいることではありませんでした。
そこで、勉強したい日は朝早く家を出るようにしました。
会社の近くまで行き、カフェに入って勉強します。
家族に静かにしてもらうのではなく、自分が集中できる場所へ移動する。
私の場合は、その方がうまくいきました。
「自分の時間は夜に作る」という考えをやめた
振り返ってみると、私にとって一番大きかったのはこれかもしれません。
以前は、
仕事や家のことが全部終わった後=自分の時間
だと考えていました。
でも、その考え方だと、私の場合は食器を洗い終わった22時からがスタートです。
そこから読書して、勉強して、ジムに行って、ランニングもする。
現実的ではありません。
そこで、自分の時間を夜にまとめて作ろうとするのをやめました。
電車では本を読む。
勉強したい日は朝早く家を出て、会社近くのカフェへ行く。
行く必要がないと思った飲み会には行かない。
仕事もできるだけ早く終えて、夕方に帰る。
自分の時間を1日の最後に残すのではなく、1日のいろいろな場所に分散させるようになりました。
これなら、30分しかない時間でも自分のために使えます。
まとまった2時間ができるのを待つ必要もありません。
「自分の時間がない」と思っていた私にとっては、この考え方の変化が大きかったです。
それでも、やりたいことを全部できているわけではない
ここまで書くと、
「工夫した結果、やりたいことを全部できるようになった」
と思われるかもしれません。
でも、実際はそんなことはありません。
私がやりたかったのは、
読書。
勉強。
ジム。
ランニング。
この4つでした。
今は電車で読書をしたり、朝のカフェで勉強したりする時間は作れるようになりました。
一方で、ジムやランニングの時間は今でも十分に作れていません。
仕事もある。
子どもとの時間もある。
家のこともある。
そのうえで、自分がやりたいことを全部やろうとすれば、どこかに無理が出ます。
以前は、
「もっと時間があれば全部できるのに」
と思っていました。
でも今は、自分の時間を作ることと、やりたいことを全部やることは別だと考えています。
限られた時間の中で、今の自分が何を優先するのか。
そこまで含めて、自分で時間の使い方を決めることが大切なのだと思います。
家族との時間を削って「自分の時間」を作りたいわけではない
自分の時間が欲しいからといって、家族との時間をすべて自分のために使いたいわけではありません。
私は2児の父です。
子どもと過ごせる時間も大切にしたいと思っています。
だからこそ、家で子どもに「話しかけないで」と言いながら勉強時間を作るより、自分が朝早く家を出てカフェで勉強する方が、自分には合っています。
自分の時間と家族の時間は、どちらか一方を選ばなければならないものではないと思っています。
そのために、
「どこでやるか」
「いつやるか」
「何をやめるか」
を変えてみる。
時間そのものを増やすことはできませんが、使い方は変えられます。
まとめ|自分の時間ができるのを待つのをやめた
以前の私は、朝起きたら子どものごはんを作り、仕事へ行き、帰宅して家のことをする。
食器を洗い終われば22時。
そこからようやく自分の時間でした。
読書もしたい。
勉強もしたい。
ジムにも行きたい。
ランニングもしたい。
でも、全部を22時以降にやることはできません。
だから私は、自分の時間に対する考え方を変えました。
行かなくてもいい飲み会には行かない。
仕事をできるだけ早く終えて、夕方に帰る。
電車の中では読書をする。
勉強したい日は朝早く家を出て、会社近くのカフェで勉強する。
そうやって、自分の時間を1日の最後にまとめて作るのではなく、生活の中に少しずつ置くようにしました。
それでも、ジムやランニングまで全部できているわけではありません。
今でも時間は足りません。
でも、それでいいとも思っています。
仕事も、子育ても、家事も、自分のやりたいことも、全部を完璧にこなすのは難しい。
だからこそ、
「時間ができたらやろう」と待つのではなく、今ある時間の中で、自分は何を大切にするのかを決める。
30代になった今は、それが「自分の時間を作る」ということなのだと感じています。
